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仙台高等裁判所 昭和40年(う)124号 判決 1966年10月18日

被告人 車興佶

主文

原判決を破棄する。

被告人を死刑に処する。

理由

本件控訴趣意は、検察官池田浩三名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人南出一雄、長谷川英雄共同名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

本件控訴趣意(量刑不当)について

原判決の認定した被告人の本件犯行の要旨は、

被告人は昭和三九年一二月頃当時、総額約四〇〇万円に達する借財を負い、特に二、三の債権者からきびしく返済をせまられ、苦しまぎれに一部返済の期日を約束したりしたものの、そのあてもなく、期日もせまり、金策に苦悩し追いつめられていたところ、同月一九日頃、かねての知合で、数億円の資産があるとの噂のある金融業者菅原光太郎の三男智行(当時五才)の幼稚園通いの姿をみ、ここに同児を誘拐して親に身代金を出させることを思いつき、その決意を固めた結果、同月二一日朝、幼児の手足を縛るための腰ひも、その他を用意して自動車を運転し、同日午前一一時五五分頃、菅原光太郎方に、急にマドレー(幼稚園の女神父)が外国に行くので記念撮影をするから、子供を幼稚園によこされたい旨のいつわりの電話をし、幼稚園の正門前で待受け、その電話に応じ一人で登園してきた智行を自己の運転する自動車に乗せて拉致し、その後同児をあやしながら仙台市内やその周辺を走行し、同日午後三時四〇分頃、仙台市外の射撃場に行つたとき、同児が家に帰るといつて暴れ出し、泣き叫ぶにいたつたため、その頸部を両手で掴んで強く振廻して失神させたものの、これをもてあますとともに、現在の自己のみじめな境遇などを想いめぐらし、世間全体に対する憎悪心がつのり、ついに同児に対する殺意を生じ、携えてきた腰ひもを同児の頸に巻きつけ、緊縛して窒息死にいたらしめ、さらに右死体を自動車で仙台市内の自宅まで運び、同日午後四時半頃、自宅物置に放置して遺棄した。

右のように、智行を自動車に乗せ走行途中、身代金要求のため、二、三度菅原方に電話したのであるが、母親が不在だつたりなどしてうまくゆかず、智行殺害後の午後五時四〇分頃、智行の母貴美子に対し、子供を預つている、金と引換に返す、五〇〇万円ほしい旨および右金を携行する場所などを指示した電話をし、これに応じて現金一〇万七、〇〇〇円、その他預金証書などを新聞紙に包んで用意携帯して自宅から仙台市内の街路を歩いていた貴美子から、同日午後九時一〇分頃これを奪取しようとしたところを、待機の警察官に逮捕された。

というのである。

記録並びに当審における事実取調の結果に基づき検討してみるに、

被告人の本件犯行は、純真、頑是ない幼児を誘拐し、そのあげく無残にも殺害し、しかもなお生存しているかのように装い、家族の憂慮、心痛に乗じて多額の身代金を要求したもので、その一連の行為はそれ自体残忍卑劣であり、罪責極めて大である。

被告人の負つていた多額の借財は、その全部が被告人自身のみの責に帰し難いものがあるし、また一部執拗な返済請求のため追いつめられた境地にあつたことに対しては同情すべき点があるとしても、これが解決は他にその道を求めるのが当然であつて、本件一連の犯行に対し、右の点を捉え、特に酌量すべき事由と認め得るものではない。

また本件殺人については、その殺意は、誘拐計画ないしは誘拐の当初からあつたものでなく、拐取走行途中、幼児をもてあました末生じたものであり、この点偶発的犯行の感がなくもないけれども、もともと身代金目的の幼児拐取の犯行は、その性質上、いきおい幼児を殺害する行為に発展しやすい危険性を多分にはらんでいるものというべきであつて、本件殺人を目して、単純な全くの偶発的犯行と同一視することは到底できない。

さらに、その拐取、身代金要求の行為をみても、再三計画とそごしたが、実行する考えをすてず、ついに失神している智行に手をかけて死に追いやり、その殺害後も決意をかえることなく、電話で多数共犯者を装つてわざと声の調子をかえ、警察の手配を予期し身代金授受の場所として一定区域の歩行方を指示し、親の子を憂慮する弱点につけこみ多額の金員を要求するなど、非道のそしりを免れないものである。

殺害された五才の智行は、末つ子として両親の愛情に育まれ、何等の罪とがもない。この愛児に昼食も与えずひき廻し、あげくの果て殺害した所為は、両親遺族にとつてはまことに堪えられないところであろうし、その悲嘆はいうに及ばず、なおまた子を持つ親に与えた衝撃、さらには一般社会に及ぼした影響は極めて大である。

被告人の父を失つて後の不幸な生活、続いて俳優として華やかともみられる再起、一転して借財に追われる身となつたその経歴、境遇、前科のないこと、前叙のように、借財返済をせまられ、追いつめられていたことや、殺意が当初からあつたものでないこと、また被告人は本件犯行を衷心悔い、被害者の冥福を祈り、改悛の情顕著であるとみられることやその心境、その他本件審理にあらわれた、被告人に有利と認められる総ての事情を加味斟酌しても、前叙その他審理にあらわれた一切の情状を総合してみれば、被告人に対しては極刑をもつて臨むのが相当であるといわなければならない。被告人に無期懲役の刑を科した原判決は、量刑が軽きに過ぎ破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらにつぎのとおり判決をする。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の所為のうち、原判示第一の身代金目的拐取の点は刑法二二五条の二の一項に、同第二の殺人の点は同法一九九条に、同第三の死体遺棄の点は同法一九〇条に、同第四の拐取者身代金要求の点は同法二二五条の二の二項にそれぞれ該当するが、右第一の所為と第四の所為との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、犯情の重い前者の罪の刑に従い、以上は同法四五条前段の併合罪の関係にあるところ、前叙諸般の情状に鑑み殺人罪につき所定刑中死刑を選択処断すべきものであるから、同法四六条一項により他の刑を科さず、被告人を死刑に処し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書に従い、全部被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 細野幸雄 寺島常久 畠沢喜一)

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